神戸地方裁判所 平成8年(行ウ)24号 判決 1998年4月08日
名古屋市天白区植田三丁目一五〇一
原告
酒井夏子
大阪府高槻市名神町一一の五
原告
亀井治美
右原告ら訴訟代理人弁護士
守山孝三
東京都千代田区霞が関一丁目一番一号
被告
国
右代表者法務大臣
下稲葉耕吉
右指定代理人
谷岡賀美
同
長田義博
同
岡野計明
同
稲沢伸哉
同
小谷宏行
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告酒井夏子に対し、金二億三六五五万七五〇〇円及び別表一の合計欄記載の各金額につき、各納付年月日の翌日から起算して一月を経過した日から支払済みまで年七・三パーセントの割合による金員を支払え。
2 被告は、原告亀井治美に対し、金二億四二六一万六一〇〇円及び別表二の合計欄記載の各金額につき、各納付年月日の翌日から記載して一月を経過した日から支払済みまで年七・三パーセントの割合による金員を支払え。
3 原告らが平成三年七月一一日付けで行った相続税の申告に係る同人らの各金三億〇九〇四万九二七五円の租税債務、原告らが平成四年六月二五日付けで行った相続税の修正申告に係る原告酒井夏子の金一〇四万三三九二円の租税債務及び原告亀井治美の金八五七万六〇〇七円の租税債務並びに被告が平成三年三月二七日付けで行った相続税延納許可に係る原告らの租税債務(ただし、原告酒井夏子については平成八年一月二五日までの納付分、原告亀井治美については平成七年八月一〇日までの納付分はそれぞれ除く)の存在しないことを確認する。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 1、2項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 主文同旨
2 仮執行免脱宣言
第二当事者の主張
一 請求原因
1 亡亀井節治(以下「亡亀井」という。)は平成三年一月一一日死亡し、原告らが相続した(以下「本件相続」という。)。
2 原告らは、平成三年七月一一日、本件相談について課税価格を各五億三二六八万二〇〇〇円、算出税額を各三億〇九〇四万九二七五円として相続税の申告をした。
3 原告らは、平成四年六月二五日、右申告について原告酒井夏子(以下「原告酒井」という。)の課税価格を五億三四四七万七〇〇〇円、算出税額を三億一〇〇九万二六六七円、原告亀井治美(以下「原告亀井」という。)の課税価格を五億四四七〇万六〇〇〇円、算出税額を三億一七六二万五二八二円として相続税の修正申告をした(以下、この修正申告と右申告をあわせて「本件申告」という。)。
4 本件申告に係る相続税につき、原告酒井は別表一記載のとおり合計二億三六四八万四七〇〇円を、原告亀井は別表二記載のとおり合計二億四二六一万六一〇〇円を納付した。
5 本件申告の錯誤による無効
原告らは、本件申告に際し、相続財産である別紙物件目録記載の宅地(以下「本件宅地」という。)の時価を、本件相続開始時の同宅地の画地修正後の路線価(一平方メートル当たり二一三万二一〇〇円)の地積一二四八・五二平方メートルを乗じたものに底地価格率〇・八を乗じた金額から租税特別措置法(ただし、平成四年法第一四号による改正前のもの。以下「措置法」という。)六九条の三第一、二項の規定による小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例を適用して一九億二四八九万三九九四円と算出した。
しかしながら、本件申告には、以下に述べるように客観的に明白かつ重大な錯誤が存在し、相続税法に定めた以外の方法による是正を許さなければ納税義務者である原告らの利益を著しく害すると認められる特段の事情が存在する。したがって、本件申告は錯誤により無効である。
(一) 本件申告における錯誤
(1) 錯誤無効(1)
<1> 相続税財産評価基本通達(以下「評価通達」という。)25及び27によれば、借地権の目的となっている宅地の価額は、当該宅地の自用地の価格から大阪国税極が定めた借地権の価額の割合(以下「借地権割合」という。)七〇パーセントを控除したものとする(以下「本件控除」という。)とされている。そして、本件宅地については、本件相続開始当時、亡亀井とカメイガラス株式会社(以下「カメイガラス」という。)との間で賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」といい、カメイガラスの有する借地権を「本件借地権」という。)が締結されていた。
ところが、本件賃貸借契約に関し「土地の無償返還に関する届出書」(以下、単に「無償返還届出書」といい、本件賃貸借契約における右届出書を「本件無償返還届出書」という。)が管轄税務署である北税務署に提出されていたところ、本件申告を行った税理士堀部治(以下「堀部」という。)は、昭和六〇年六月五日付け「相当の地代を支払っている場合等の借地権等についての相続税及び贈与税の取扱いについて」と題する通達(以下「本件通達」という。)によれば、無償返還届出書が管轄税務署に提出されている宅地の価額は、当該宅地の自用地の価額の一〇〇分の八〇をもって評価するものとされ、税理士が相続税の申告に際し使用する「相続税・贈与税取扱いの手引」(以下「本件手引」という。)にもその旨記載されていたことから、これに従い本件控除を行わずに本件申告を行った。
しかし、本件賃貸借契約には借地法の適用があり、地上建物の朽廃等同法所定の借地権消滅事由が生じない限り本件借地権は消滅しないから、無償返還届出書の提出により賃借権が消滅するわけではない。したがって、無償返還届出書が提出されている場合には、本件控除を行わないとし、納税義務者に過大な相続税を課する本件通達は、財産権を保障する憲法二九条及び相続税法二二条に反する。
よって、本件宅地の時価は、右一般原則に従い、本件宅地の自用地の価格から本件控除を行った価額であり、本件控除を行わずになされた本件申告には、重大な錯誤がある。
<2> また本件通達適用の要件として、借地権消滅の際に立退料を請求しない旨の約定及び当該賃借権設定当時、借地権設定の対価としての意義を有する権利金の授受の取引慣行があったことが必要である。本件においてはこれらの要件を欠いていたのであるから、本件通達の適用がある旨誤信して行われた本件申告には、重大な錯誤がある。
<3> 本件賃貸借締結締結当時、本件宅地の属する地域には権利金授受の慣行はなく、また、本件借地権は自然発生していたものであるから、本件宅地には法人税基本通達(以下「法人税通達」という。)13-一-3の権利金の認定課税の適用はなかった。ところが、カメイガラスの担当税理士は、右適用があるものと誤信して、これを避けるため本件無償返還届出書を提出した。よって、本件無償返還届出書は錯誤により提出されたものであり、これを前提に行われた本件申告には、重大な錯誤がある。
<4> 本件通達は、法人税通達13-1-3及び13-1-7を前提としたものであるところ、これらの通達は法人が賃貸人である場合の規定であるから、法人が賃借人である本件に本件通達を適用することは租税法律主義に反する。よって、本件通達の適用がある旨誤信して行われた本件申告には、重大な錯誤がある。
(2) 錯誤無効(2)
相続財産の価額は、相続開始時における当該財産の時価によるところ(相続税法二二条)、右時価とは当該財産の客観的交換価値をいう。本件宅地には本件相続開始時において、被担保債権額二〇億円の抵当権、限度額二〇億一〇〇〇万円の根抵当権が設定されていたため、本件宅地の客観的交換価値は下落しており、かつ、主債務者であるカメイガラスには右担保権を抹消するだけの資力を有していなかったのであるから、右担保権について本件宅地の減額評価をすべきである。したがって、これを行わずになされた本件申告には財産権を保障する憲法二九条及び相続税法二二条に反する重大な錯誤がある。
(二) 右錯誤の客観性及び明白性
本件申告書の記載上、本件宅地の価額の算出において、本件控除やその上に設定された担保権の減額評価を行っていないことは明らかであるから、右錯誤は客観的かつ明白なものである。
(三) 相続税法に定めた以外の方法による是正を許さなければならない特段の事情
(1) 本件相続により原告らが取得した財産(以下「本件相続財産」という。)のうち価格を有するのは、本件宅地のみである。しかし、本件宅地には、借地法上の借地権が発生しているうえ、総極度額(被担保債権額を含む)四〇億円、被担保債権総額二六億円に上る担保権が設定されているため、その価格は著しく低下していて売却は困難であるし、売却できたとしても、右被担保債権を弁済すると原告らの手元に現金は全く残らない。このような財産状況からすると、原告らが本件相続財産により本件相続に係る相続税(以下「本件相続税」という。)を支払っていくのは不可能である。現に原告らは、本件相続税を支払うために各二億円を借り入れて即納分を支払うと共に残額一億〇九〇四万九二〇〇円については二〇年間の延納許可を受けたが、右借入金を支払うために借金を重ねている状況である。したがって、原告らに対する本件相続税の課税は、相続財産の価額を課税標準としてその限度で課税を行うという相続税の趣旨、目的に反するものであり、本件申告には右特段の事情が存在する。
(2) 原告らの修正申告は、芦屋税務署担当職員の調査及び指示を受けて行われたものであるところ、同職員も右調査及び指示の際、原告らと同様の錯誤に陥り、原告らの申告について減額修正を行うことなく、むしろ、実質的に増額更正に当たる右修正申告を促した。また、原告らの錯誤は、本件手引に起因するものであるところ、本件手引は大阪国税局資産税課長らが記載したものである。したがって、原告らの錯誤の一因は、被告側にあるから、本件申告には右特段の事情が存在する。
6 よって、本件申告は錯誤により無効であるから、原告らは、被告に対して、過誤納金として本件申告に係る相続税のうち原告酒井が納付した二億三六五五万七五〇〇円及び原告亀井が納付した二億四二六一万六一〇〇円の返還及び右納付した日の翌日から起算して一月を経過した日から支払済みまで国税通則法五八条所定の年七・三パーセントの割合による還付加算金の支払を求めると共に、右相続税のうち未納付分の租税債務の存在しないことの確認を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1ないし4の事実は認める。
2(一) 同5前文のうち、原告らが本件申告に際し、本件宅地の時価を一九億二四八九万三九九四円と算出したこと及びその算出の経緯は認め、その余の主張は争う。
(二) 同5(一)(1)<1>のうち、評価通達の内容、本件宅地について本件相続開始当時、本件賃貸借契約が締結されていたこと、本件賃貸借契約に関し本件無償返還届出書が提出されていたこと、本件通達の内容は認め、本件賃貸借契約に借地法の適用があったことは不知、その余の主張は争う。
(三) 同5(一)(1)<2>ないし<4>の主張は争う。
(四) 同5(一)(2)のうち、相続財産の価額及び時価の定義に関する主張は概ね認め、本件宅地に対する担保権の設定に関する主張は不知、その余の主張は争う。
(五) 同5(二)の主張は争う。
(六) 同5(三)(1)のうち、原告らが延納許可を受けたことは認め、本件宅地には借地法上の借地権が発生していること、本件宅地に総極度額(被担保債権額を含む)四〇億円、被担保債権総額二六億円の担保権が設定されていること、原告らが各二億円の借り入れをしたこと、この借入金を支払うために借金を重ねていることは不知、その余の主張は争う。
(七) 同5(三)(2)のうち、芦屋税務署担当職員が調査を行ったこと、原告らが修正申告を行ったことは認め、その余の主張は争う。
三 被告の反論及び抗弁
1 法定の方法によらない相続税の申告及び修正申告の過誤の是正については、その錯誤が客観的に明白かつ重大であって、法定の方法以外にその是正を許さないならば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情が存する場合にのみ認められるところ、本件においては、以下に述べるように客観的に明白かつ重大な錯誤も右特段の事情も認められない。
(一) 錯誤無効(1)について
(1) 土地に借地権が設定されると、経済的には、地主から借地人に対して当該土地の借地権部分に相当する価値の移転があったと見るべきであるから、借地権の目的となっている宅地の評価は、借地権割合を控除して行うこととされている。しかし、当該借地権の設定に際し、将来借地人がその土地を無償で返還する旨の約定がある場合には、右経済的価値の移転は認められないことから、無償返還届出書が管轄税務署に提出されている場合には、本件通達により本件控除は行わないこととされている。
したがって、本件通達の規定には合理性があり、何ら憲法二九条、相続税法二二条に反するものでないから、これに従って行われた本件申告に何ら錯誤は存在しない。
(2) 本件通達適用の要件に関する原告らの主張は、相続財産の評価の当否について原告ら独自の見解を主張するものにすぎない。
(3) 昭和五五年一二月二五日付け「法人税基本通達等の一部改正について」の経過的取扱いによれば、同日以前に設定された借地権についても権利金の認定課税が適用される旨規定されているから、この適用がないことを前提とする原告らの主張に理由はない。
(二) 錯誤無効(2)について
担保権の設定されている財産の価額は、担保権が実行されるか否かが不確実であり、また、担保権を実行されても債務者に求償することが可能であるから、原則として担保権を度外視した当該財産の時価により評価するのが相当である。ただし、相続開始の時点において、債務者が弁済不能の状態にあるため担保権が実行されることが確実であり、かつ、債務者に求償して弁済を受ける見込みがない場合には、例外として債務者が弁済不能の部分の金額を控除して当該財産の価額を評価することになる。本件において、本件相続開始時に債務者であるカメイガラスが弁済不能の状態にあったとはいえない。したがって、本件宅地に設定された担保について減額評価をしないで行われた本件申告に何ら錯誤は存在しない。
(三) 錯誤の客観性及び明白性について
納税申告の錯誤無効の主張が認められるためには、その錯誤が申告書の記載それ自体から課税庁にも知りうるものであることを要するところ、原告らの申告書及び修正申告書には、外見上、客観的に過誤が一見して看取できる錯誤は存在しないから、原告らの錯誤無効の主張は認められない。
(四) 特段の事情について
原告らが主張する事情は何れも相続税法に定めた以外の方法による是正を許さなければならない特段の事情に該当しない。
2 仮定抗弁-消滅時効
本件申告が錯誤により無効であったとしても、納付された税金は過誤納金に該当し、その返還請求権は納付の日より五年間行使しないことによって時効により消滅する(国税通則法七四条一項)。したがって、原告らの過誤納金の不当利得返還請求権のうち、原告酒井及び同亀井が平成三年七月一一日にそれぞれ納付した各二億円については、右消滅時効を援用する。
四 抗弁に対する反論及び再抗弁
1 過誤納金に関する請求権の消滅時効の起算日は「請求をすることができる日」であるところ(国税通則法七四条一項)、本件は複雑な事案であり、法律の専門家でない原告らが本件の不当利得返還請求権が発生していることに気付くのは容易でないから、右起算日は、原告らが原告ら代理人から右請求権について説明を受けた平成八年七月初旬と解すべきである。
2 仮定再抗弁-信義則違反、権利の濫用
かりに本件の不当利得返還請求権について五年の時効期間が経過しているとしても、被告は修正申告を促したり、加算延滞税の賦課、担保提供者の財産に対する差押え等により還付しなければならない相続税の支払を強制していること、前記のように本件は複雑な事案であり、原告らが本件の不当利得返還請求権が発生していることに気付くのは容易でないこと等に鑑みれば、被告の消滅時効の主張は信義則に反し、又は権利の濫用に該当する。
理由
第一請求原因1ないし4の事実は当事者間に争いがない。
第二本件申告の錯誤無効の主張について
一 相続税については申告納税制度が採用され(相続税法二七条)、納税者が課税の基礎となる事実等を確認したうえでこれを課税庁に申告することにより納付すべき税額等が確定する。そして、右申告が過大であったとしても、その是正を求める法律上の手段としては更正の請求(国税通則法二三条、相続税法三二条)しか存在しない。租税法規上、このような建前が採用されているのは、相続税の課税標準等の決定についてはその事情に最も通じている納税義務者自身の申告に基づくものとし、その是正手段を法律が特に定めた更正の請求に限定することが、租税債務を可及的速やかに確定させるべき国家財政上の要請に合致すると共に、納税義務者に対しても過当な不利益を課す恐れがないからである。してみると、法定の方法によらない相続税の申告及び修正申告の過誤の是正については、その錯誤が客観的に明白かつ重大であって、法定の方法以外にその是正を許さないならば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情が存する場合にのみ認められるものと解するのが相当である。
二 本件申告における錯誤の存否について
1 当事者間に争いのない事実及び証拠(甲一ないし三、九、乙一ないし四、証人堀部)によれば、以下の事実が認められる。
(一) 原告らから本件相続税の申告手続の依頼を受けた税理士堀部は、本件申告に際し、相続財産の本件宅地の時価を以下の手順で算出した。
(1) 本件相続開始時の本件宅地の画地修正後の路線価(一平方メートル当たり二一三万二一〇〇円)に地積一二四八・五二平方メートルを乗じた。
(2) 本件宅地には本件賃貸借契約が締結されていることから、評価基本通達25及び27により、右価格から大阪国税局が定めた借地権割合七〇パーセントを控除する(本件控除)のが原則であるが、本件賃貸借契約に関し本件無償返還届出書が提出されていることから、本件通達8項及び本件手引の記載に従い、右数値に〇・八を乗じた。
これに措置法六九条の三第一、第二項の規定による小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例を適用して本件宅地の時価を一九億二四八九万三九九四円と算出した。
(3) 本件宅地には総極度額(被担保債権額を含む)約四〇億円の担保権が設定されており、その被担保債権総額も約二五億円程度に達していたが、租税法規及び通達上、担保権が設定されていることを減額評価する旨の規定が存在しなかったことから、右担保権が設定されていることをもって減額評価しなかった。なお、債務者であるカメイガラスは破産、和議、会社更正や強制執行等の申立てを受けたり支払停止、取引停止というような状況になかった。
(二) 堀部は、右算定に際し、税務署職員等から指導等を受けたことは一切なく、通達や手引等に従ってこれを行った。そして、堀部は、右算定に過誤はなく適正なものと認識している。
2 原告らは、憲法二九条、相続税法二二条に違反する本件通達に従って本件宅地の評価は、客観的に明白かつ重大な錯誤がある旨主張する。
土地に借地権が設定されると、借地法により賃借人の地位が厚く保護される結果、経済的には、地主から借地人に対して当該土地の借地権部分に相当する価値の移転があったと見るべきであるから、借地権の目的となっている土地の評価は、借地権割合を控除して行うこととされている(評価通達25及び27)。かかる経済的実態を反映して、右借地権についての法人税の認定について法人税法(同法二二条、同施行令一三七条)や法人税通達(13-1-3、13-1-7)で種々の取扱いが定められている。しかし、当該借地権の設定に際し、将来借地人が当該土地を無償で返還する旨の約定のある場合には、右のような経済的価値の移転は認められないが、他方借地権の設定により、土地所有者は、契約条件に基づく土地の最有効利用の制約を受け、譲渡や抵当権等の設定等も事実上の制約を受けることから、本件通達により、無償返還届出書が提出されている場合には貸宅地の評価は自用地の価格の一〇〇分の八〇として評価することと取り扱われ、本件控除は行わないこととされているのであって、本件通達は合理性があり、憲法二九条や相続税法二二条に違反しない。
また原告らは、本件通達適用の要件について縷々主張するが、原告らの独自の見解であり、採用できない。
しかして、前記認定の事実によれば、堀部は本件宅地の価格を租税法及び通達に従って算出しており、現時点においても、右算定に過誤はなく適正なものと認識しているのであるから、本件控除をしなかったことにつき、客観的に明白かつ重大な過誤があったとは認められない。
なお原告らは、本件無償返還届出書の提出に錯誤があった旨主張するが、原告ら主張の錯誤があったとしても、本件申告書の記載それ自体から、客観的に過誤が一見して看取できたとは認められないから、原告らの主張は理由がない。
3 また原告らは、亡亀井のカメイガラスの債務についての物上保証及び連帯保証にかかる債務を控除しなかったのは、客観的に明白かつ重大な錯誤がある旨主張する。
ところで、相続により財産を取得した者は、被相続人の債務で相続開始の際現に存するもののうち、その負担部分に属する部分の金額については、課税上、取得した財産の価格から控除するとされているが、その控除すべき債務は確実と認められるものに限るとされている(相続税法一三条一項一号、一四条一項)。そして前記認定のとおり、相続開始時主債務者たるカメイガラスは、破産、和議、会社更生や強制執行等の申立てを受けたり、支払停止、取引停止というような状況になかったのであり、カメイガラスが弁済不能の状態にあったとは認められず、右債務は相続財産から控除されるべき確実な債務とはいえないから、減額評価をしなかったことに、客観的に明白かつ重大な錯誤があったとは認められない。
4 よって、本件申告が錯誤により無効であるとの原告らの主張は、その余について判断するまでもなく理由がないから、未納付分についての相続債務不存在確認及び本件申告納税額の納付分を過誤納金とする返還請求も失当である。
第三結論
以上により、原告らの請求は、いずれも理由がないからこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 將積良子 裁判官 徳田園恵 裁判官 桃崎剛)
物件目録
所在 大阪市北区与力町
地番 二九番
地目 宅地
地積 一二四八・五二平方メートル
別表1
納付税額(酒井夏子)
<省略>
別表2
納付税額(亀井治美)
<省略>